震える手

N島はテレビのテロップを見て息を飲んだ。
最近、ほとんどテレビは見ない。
視聴率を取ってるドラマなんてないし、かといって質のいいドラマがあるわけではない。元々、視聴率なんて気にしたことがなかった。世間が俺を求めてるだけさ…。そんな風に思っていた。
求められているのは短かった。ヘイコラしてくる関係者と仕事をしているうちに、いつのまにか更地に突っ立っていた。分かりやすい揉み手をしながら近づいてくる関係者も見当たらなかった。俺は何も変わってないのに。
戸惑っているうちに時間はどんどん過ぎていった。本気で俺の作品を好きなプロデューサーと組み鳴り物入りで始まったドラマも何も残さなかった。プロデューサーもいつの間にかいなくなっていた。
世間の求めているのはなんだ?と、数字のいいテレビや映画を見た。いいところを盗み俺らしいところと混ぜればいいものができる。できるはずだ。
しかし、たいしたものは出来上がらなかった。俺はピークを過ぎたのだろうか?以前は書けば自分でも恐ろしくなるくらいに手ごたえがあった。人の心に残るセリフが次から次へとこの手から生まれたのだ。
そんなときだ。彼女に会ったのは。
トップアイドルのN。俺の台本を読んで涙を流した。「この役をするために生まれて来たような気がします」−潤んだ目で俺を見つめた。撮影が始まり、誰もがNの代表作になることを感じた。Nは役柄に恋をし、それを生み出した俺にも恋した。Nにとって俺は神もどうぜんだった。献身的に俺に尽くした。しかし、俺は全くそれにこたえなかった。俺にはNが口にするセリフが全てだった。それが俺の愛情だった。俺は俺の生み出す人物しか愛せないのだ。Nのドラマが終わり、新しいドラマが始まると、俺はまた新しい自分が生み出した人物に恋をした。Nは黙って去った。そして、知り合ったばかりの男と子供を作って結婚した。
俺が知ってるのはここまでだ。あれから会ったことはない。全く違う人生を歩んだ。
そのNが警察に追われている。清純派正統アイドルだったN。追われるような人生とは無縁なはずだ。俺は、報道陣や野次馬がごった返すなか搬送されるNを見ながら、何かの啓示を受けたような気がした。
俺は、落着くようにわざと静かにノートパソコンをあけ、スイッチを入れた。立ち上がるまでがもどかしかった。しかし、モニターの光がスポットライトのようにも感じた。wordを立ち上げ、俺はキーボードを打ち始めた。ああ、この感触。俺にはわかる。真実のN。俺しか知らないN。Nの表と裏の顔を書けるのは俺だけだ。ああ、俺は、今最高傑作を書いている。俺は全身の震えが止まらなかった。待っててくれ、N。これで君はドラマ史に輝く伝説となるのだ。