2008年8月11日

入院は1時からの手続きになる。早めに行ったのだが、もう待っている人が手続きの部屋から溢れるほど多かった。ほとんどが老人だった。1時間以上待ってやっと病室に案内された。手に病人の印のリストを着けるともう外出は禁止だ。ベッドには私の名前と手術をするチーム名が書かれていた。そう、今まで見てくれた先生が手術をしてくれるのではないのだ。会ったこともない人が自分の体にメスを入れるのは抵抗があるが、大学病院というか個人病院でないかぎりたいていどこの病院もチーム制のようだ。しかも、先生は最初立ち会うと言っていたのだけれど、シフトが代わって立ち会えなくなったと説明された。不安だけれど、どうせ手術中は私は全く意識はないのだ。この病院を信頼するしかない。ネットで調べたら医療ミスもあったけれど、ほとんどの人が直って退院しているのだ。毎日どれだけの手術が行われているのだろう。直らない人が多かったらこの病院なんてすでに存在していないはず。
「ちょっと待っててください」と立ち去った看護師さんはなかなか戻ってこなかった。何をしたらいいのかもわからなかった。だいぶ経って戻ってきて病院内の売店で購入しなければいけないものを指示し、またどこかへ行ってしまった。とても忙しそうだった。購入するものは、手術に必要な血栓防止用靴下や手術用下着などが入っている婦人科セットと呼ばれるもの、夜用ナプキン、消毒綿などだった。そしてその後、別室で担当チームの1人という初めて会う先生から明日の手術の説明を母といっしょに受けた。腹腔鏡は無理かどうか聞くつもりだったけれど、カルテを読みながら説明をしてくれていた先生が「大きいので腹腔鏡は無理ということで開腹ですね」と言ったので聞けなかった。やっと諦めがついた。もし輸血になった場合などのリスクも聞いた。他にも色々説明してくれたがあまりよくわからなかった。母がしきりにうなずいて聞いていたけど、絶対わかってないなと思うとおかしかった。
病院内の売店で必要なものを買ってきたり入院着に着替えたりして落ち着いたらもう夕方になっていた。母と少し話していたが、退屈だと帰ってしまった。そのあと、手術後はしばらく入浴が出来ないからと看護師さんが予約を取ってくれたお風呂に入った。
お風呂場は車椅子の人と介護者が入るくらい十分に広かった。入浴時間は一回30分、入院部屋の番号の偶数奇数で入浴日が分かれており、入りたければお風呂場の入り口にある紙に名前を記入するという決まりになっていた。シャンプーリンスやバスタオルは個人持ち。お風呂のお湯を溜めたら抜いておく。お風呂場と同じエリアには洗髪場もあり体を拭くための熱いおしぼりもおいてあった。その近くには洗濯機があったが、洗濯物は母に頼んだので一度も使わなかった。婦人科病棟のせいか、壁は全体にやわらかいピンクで塗られ、トイレも洗面も広く清潔だった。
病棟の中には内診などが行われる処置室があった。そこで剃毛をした。自分でやりますと言ったけれど、すぐなのでと看護師さんがやってくれた。バリカンのようなのでツルツルにするわけではなく短くしただけだった。散らばった毛を煩わしそうに掃除をする姿が見えて恥ずかしかった。部屋は6人部屋の窓際だった。窓際は明るいし少し広く感じる。全部のベッドは埋まっていて、カーテンがベッドをくるむように引かれていてプライバシーが保たれていた。保険適用外の1日50円かかる病院着を着てベッドに座ってみたものの、元気だしとても退屈だった。私の隣のベッドの人は手術から帰ってきたばかりのようだった。親族がベッド周りに集まっていたが、患者は眠っているせいかとても静かだった。たまに親族が看護師さんに要望を伝えていた。辛そうだなと明日はわが身なのに人ごとのように思った。
することがなくてベッドに横になっていると、説明してくれた先生が来た。以前左右の臓器を間違えて手術をしてしまったという医療事故の教訓から手術の場所にペンで印をつけることになっているらしい。
私の手術は明日の3時半なので今日の夕食は普通に食べてもよかった。食べるところは病室か食堂のどちらでもいい。自分で持ち運べない人は、食事担当の人がベッドまでお膳を運んでくれる。お箸とコップは個人で用意しなければいけない。私は全然元気なので食堂で食べ、しばらく食堂にいた。狭いベッドに帰ってもやることがなかった。食堂は公衆電話と雑誌があった。雑誌はたぶん患者が置いていったものだと思われた。病室はいちおう携帯電話禁止で、電話がしたい場合は食堂かエレベーター前のホールですることになっていた。
ベッドに戻ると、夜勤の看護師さんや担当する麻酔医の先生が尋ねてきた。机には体温計とピルケースが置かれ、朝昼晩と小分けされているところに飲む薬を看護師さんが入れてくれた。麻酔医には硬膜外麻酔はしないのかと質問した。ネットでは全身麻酔と硬膜外麻酔を併用するところも多く、理由は全身麻酔の薬が少なくなるからということであった。全身麻酔の副作用は酷く出る人もいたので私は併用したほうがいいような気がしてた。でも、私の病院では併用するほうが副作用が大きいという考え方のようだった。
明日の手術の予定は3時15分出発の3時半からだったけれど、看護師さんから遅れることはあっても早まることはないことと、昨夜の12時以降は飲食禁止と言われた。看護師さんが持って来てくれた下剤を液体の下剤で飲んだ。液体下剤は世にもまずい味がして紙コップ1杯飲むのも辛かった。アイスカフェラテが飲みたくて仕方がなかった。
睡眠薬ももらわず、眠りについた。不思議なくらい緊張しなかった。筋腫が見つかったときは、なぜか涙が流れてきて不安でいっぱいだったのに、気持ちが受け入れたのか特に自分の体にメスが入ることに対する恐怖心も全くなかった。それより、飲まず食わずの状態を早く終わって欲しかった。手術が終わったらアイスカフェラテを買ってきてもらおうと思いつつ寝た。夜中に目が覚めたのは、同室に車椅子の人が入院していてその人がトイレに行くときにナースコールをするときくらいだった。それでも別にそれから寝られないわけでもなく手術に対する緊張はあまりしていないように思われた。