2008年8月12日

6時に起床の放送があった。でも起きるわけでも寝るわけなくベッドで横になっていた。今日は何も食べられないし飲めないのだ。空腹感より喉の渇きが苦痛だった。
たまにカーテンを開けられ看護師さんがきた。わりと頻繁にきた。手術前にやることは結構あるのだ。熱を測ったり、浣腸したり、点滴をしたり。浣腸は、別室のベッドに横向きになって針なしの注射器をおしりに刺された。想像していたより恥ずかしくなかった。昨日飲んだ下剤はちゃんと効いていますと看護師さんに言ったのだが、液体しか出ないしかでないくらいがいいとのことなのでおとなしくしたがった。なんせ、私は手術が初めての素人なのだ。それと、昨夜は寝るまで狭いベッドの上にいるのも嫌だったので病室を出てうろうろしていると、患部に付けなければいけないマーキングをしにきた先生と入れ違ってしまったようだ。先生は、子宮なので真ん中なんですが、といいつつ、くるん、とお腹に丸をつけた。今考えたら、片方卵巣嚢腫もあったのだけど、それはよかったのだろうか?卵巣嚢腫はお腹をあけてみなければわからないって言われていたので印は関係ないのかもしれない。腹踊りみたいに見えておかしかった。そして点滴は、手術の説明をしてくれた先生が針を入れた。しばらく点滴をしっぱなしになるので、邪魔になりにくい左手の手首より5cmくらい肘寄りのところに刺した。そんなに痛くはなかったけれど、長い間かかった。外れないように上からテープで押さえられて点滴がセットされた。手術前に2本するとのこと。点滴を押しながら歩くと、すっかり病人になってしまったような気分がした。やることもないせいか、喉が渇いていることばかり考えてしまう。少しくらいいいんじゃないかと、看護師さんに聞いてみたところ、ちょっとでも胃に何か入っていると全身麻酔中に吐いてしまった場合窒息死することがあるということだった。それを聞いて我慢することに決めた。当たり前だけど、むやみやたらにしんどいことを強要させられているわけじゃないのだ。ちゃんと理由がある。それも、患者のための理由が。ついつい医者の横暴なんじゃないかと思ってしまう節があったけれど、万が一のことを避けるためなのだ。たぶん、今までの経験上から編み出された安全策なのだ。それに従わないなんて言語道断なのだ。
病院の面会時間は午後2時から9時までだった。それ以外は特別なとき、手術のときとか、に許される。手術の予定は3時15分出発の3時半からだったので、通常の面会時間で大丈夫なのに家族が2時前にやってきた。トイレに行くくらいしかやることがなかったので、退屈しのぎには助かった。母はいったんお昼を食べに外に行ったけれど、その後は私が手術室に入るまでずっと居てくれた。弟と甥っ子は退屈すぎるので帰ってしまった。
出発予定の時間になってもまだ私は自分のベッドにいた。3時半もすぎもうすぐ4時になろうかとしたときに看護師さんがやってきて4時半になると告げられた。もっと遅れるかと思ったけれど、4時過ぎにはお迎えの看護士さんがやってきて手術着を手渡され、裸の上にそれを着て、車椅子に乗った。全然歩けるのに不思議だった。母に手をふり5階の手術室に出発した。まったく緊張しておらず、待ちくたびれていたので、さっさと終わらせたい気分だった。
車椅子を押してくれる看護士さんは初めて見る顔で、それから一度も見かけなかった。手術室へ運ぶ専門の看護士さんかもしれない。大病院なので、一人一人の役割分担がきっちり決まっているようだった。病院の決まりで手術室に入る患者は車椅子に乗らなければいけないということで、全く元気なのに私は車椅子に乗り看護師さんに押されて手術室まで行った。初めて会った人なのにも係わらず、すごくフレンドリーに話しかけてきた。きっと、手術前の緊張を解きほぐそうとしているんだと思う。病院の4台あるエレベーターは面会時間中はいつも満員なので手術する人が優先的に乗れる緊急ボタンでエレベーターを呼んだ。手術室までは7分くらいだったけれど、気持ちをほぐしてくれようといろいろ看護師さんが話しかけてくれた。内容は手術の決まりくらいしか覚えていないけれど。話によるとこの看護師さんは手術する患者を連れて行く専門のようだった。そして、手術室には入ることはできない。ワンフロア全部が手術室になっていて、全科の手術がそこで行われる。がらんとした部屋に5・6個の上下開く扉がついた入り口があった。その一つのドアがあき、ベッドというか台の上に横たわるとベルトコンベアみたいなもので自動的にその台が移動し、ドアが閉まった。乗った台ごと手術のベッドに移動された。こんなことを自動ですることがおかしかった。目が悪いのでよく見えなかったが、手術用のライトがドラマみたいでERと同じだあ、なんて私自身はちょっと浮かれていた。しかし、先ほどのまでのリラックスした様子と違い、手術室にいる人はみんな緊張感に溢れていた。ドラマでよくある息も絶え絶えの重症患者を運ぶようにすばやくベッドを移動し止めたとたん、「ベッドが狭いので足を固定します」と言って紐で足を固定された。その他の説明も聞いたような気がするが忘れてしまった。自己血や名前を確認されたような気がする。ベッドの上から照らしている手術用の電器を見ていると、麻酔用のマスクをされた。手術用帽子とマスクでほとんど顔もわからない人ばかりだったが、このとき近くにいたのは前日に説明に来てくれた麻酔医だとわかった。麻酔のマスクが頬を押すような感じで顔にうまく乗っておらず、手で直そうとしたらその麻酔医が直してくれた。吸い込む麻酔は初めてだった。人工的な臭いの麻酔薬は、勢いよく噴射してくるので息を吸うことはできるが吐くことができなくて苦しかった。それを訴えようとした瞬間シャッターが下りたように真っ暗になり意識はなくなった。
そして、体をゆさぶられ名前を呼ばれて目が覚めた。といっても、目はあけなかった。意識が戻った瞬間、地面から何かが突き上げてくるかのように、痛みが襲ってきた。ここはこれを訴えなければいけない!とぼんやりした頭で思った私は「痛い!痛い!」と大きな声を出した。看護師さんが、「痛み止めを点滴に入れたのでもう少ししたら寝られると思います」と言い、そして私の左手にナースコールを握らせて、「なにかあったら、これで呼んでください」と言った。私はうなずいてまた眠りに落ちた。
その夜は地獄のようだった。どのくらいの時間が経ったのかわからないが、暑くて目が覚めた。握り締めていたナースコールを押したけど、何も言えなかった。看護師さんが着て、「すごく暑い」といったら、薄い布団に変えてくれた。自分のベッドに戻って来ていることがおぼろげながらわかった。お腹がグルグルと空気が腸を巡っているが、排出ができなくてとてもくるしかった。お腹にまったく力が入れられない。寝返りが打てない。体を横にすることができない。手を動かすのも相当意識して動かさなければ動かなかった。誰かに命令するみたいに。本当に鉛みたいに重かった。体がベッドといっしょに溶けているような感じだった。眠りに入ると自分でも驚くくらい大きないびきをかいた。他の人に迷惑がかかると気になって眠れなかった。もっと枕を高くしてくれと看護士さんに行ったが、追い追いしますといって断られた。とにかく苦しかった。痛いのか何かよくわからなかった。苦しいということ以外わからなかった。