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2008年8月15日

朝の担当看護師さんが私の顔を見てびっくりした。昨晩に喉を湿らすためにやたら水を飲んでいたので、すごく顔がむくんでいたのだ。鏡を見ると顔が変わっていた。そして、完全に隣の人の咳がうつってしまった。看護師さんは咳止めの薬を出してくれた。でも、今までの経験から咳止めはすぐには効かないことを知っていた。だからうつりたくなかったのだ。カーテン越しに隣の人も看護師さんに咳のことを言っていて、咳止めがもうすぐ効いてくるとか言われていた。隣の人がマスクをしてくれていれば…。隣の人だって、他人に移したいと思っているわけじゃないだろう。カーテンもあるしうつることなんて全く想像していなかったはず。咳をしていなかった私が隣で咳をし始めたら、自分が移したのでは?と想像力を働かせて欲しかった。マスクは部屋の入口に消毒液といっしょにたくさんおいてあるのだ。隣の人のように腹腔鏡の手術だと痰を切るように思いきり咳を出せるが、開腹の私にはそれができない。痰を切るような咳はかなり下腹の腹筋を使う。できないのに、咳が出ようとするのは、本当に苦しかった。ベッドの手すりを持って喘ぐことしかできなかった。隣の人のように宙に向かって痰を切る咳が出来ないのだ。咳をするたびに背中が痙攣を起こしたように動きひきつけをおこした。隣の人を恨んだ。痛みはなってみないとわからないのだ。健康な時に咳をするくらいなんでもない。同じお腹にメスを入れても、ちょっとだけ穴をあけた程度の人と、ざっくり開腹した人は全然違うのだ。やってみないとわからない。想像力を働かせることは大切だ。
午後から見舞いに来てくれた母の何気ない一言がものすごくつぼに入り、お腹が痛いのにもかかわらず涙が出るほど笑った。でも、何を言ったのかは今となっては思い出せない。本当におかしかった。
今日も主治医の先生が来てくれた。先生は毎日親しげに来てくれるか、すぐに帰ろうとした。本当に様子を見に来るだけという感じだった。でも、ありがたかった。
咳止めの薬が出て飲んだけれど、ほとんど効かなかった。夜になり、また隣の人が強い咳をしだした。がまんしているが、やはり隣がするとうつる。精神的なものなのかもしれないが、耐えられなかった。誰もいない食堂に行ったりロビーに行ったりして、ベッドに戻りたくなかった。ロビーからは、隣に建つ流線型のホテルが見えた。テレビの明かりと部屋のやわらかい明かりが見えた。ロビーの時計は1時過ぎだった。それを見ていると感傷的な気分になり、こんな痛い思いをする必要があったのかとわからなくなった。子供が欲しいから手術に踏み切ったわけだけど、結婚する相手がいるわけじゃないし、なにか日常生活で困るような症状がでてたわけでもない。なんで私は手術をしたんだろう?と思えて、涙が出てきた。惨めな気分だった。
ロビーのソファーは横になれないし、エアコンが寒いので、ウロウロ歩いていると、看護師さんに声をかけられた。隣の人の咳の話をすると、空いている2人部屋があるのでそちらで寝かせてもらえることになった。2人部屋はあまり使われていないのか、少しほこりっぽかったが、隣の人の咳を気にしないで寝られるのは精神的にすごく楽だった。