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空気人形


久しぶりに2時間の映画を一人でひっぱれる女優を見た。ぺ・ドゥナじゃないと成立しない映画。脇を固める人たちも素晴らしかったが、心を持ってしまった人形という現実ではまったくありえないファンタジーなので心を持ってしまった人形に説得力がないとだめなのだ。ぺ・ドゥナがいなかったらどうなっていたんだろう?と余計な心配までしてしまった。もっと話題になってもいいと思うけど、あまり話題になっていない。
最近は、年を取った女優かAV女優しか本当に脱がないことが多い。それかヌードとあおりながら、乳首をCGで処理してあったりする。CGで処理したヌードにお金を払う価値なんてないし、年を取ってたがねが外れてからヌードになられても価値は低い。なんでも裸になればいいってものじゃないけれど、物語に不可欠な裸はやはり素晴らしいと再確認した。
話はファンタジーなので、辻褄合わせもほとんどない。おいてきぼりをくらう人もいると思う。現代社会の孤独というありきたりのテーマで特に斬新なものはない。でもこの映画は、映画館で見るべき映画だ。

以下、少しネタばれ。
嫌いなところは、オダ・ジョーのシーン。ARATA演じるビデオ屋の店員も少しかっこつけだけれど、オダ・ジョーはむかついた。安物のダッチワイフを作っているのに、クリムトの絵のコラージュを額に入れて飾ってあったりするところやたたずまい、髪型、全身でアーティストを表してる。むしろ、ビデオ屋の店長みたいな普通のおっさんであってほしかったよ。詩的なセリフも全部気持ち悪かった。神様ぶってるところもむかついた。クリエイトしたものは子供のようだという気持ちはわかるけど、作り主=創造主とは違うでしょ。脚本書いてるのは監督だけど、オダ・ジョーの解釈はクリエイター=創造主だと思っている。監督の演出なのかも知れないけれど…。
あとは、ビデオ屋の店長はただの映画好きなおっさんでいてほしかったな。あのシーンは必要だけど。。。