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2008年8月16日

今日は退院ラッシュだった。隣の人も退院した。向かいのベッドの人も退院した。この人は膣式手術だったらしく私より1日あとに入院してきたのにもう退院だった。膣式は全然楽なようで、毎日毎日大勢の見舞い客や担当の看護師さんと一日中おしゃべりしていた。これ以上風呂に入れなきゃ死ぬだのヨガしたいだの、私には考えられないことを毎日しゃべっていた。やはり出すように作られているところから出すことは体には楽なんだと思った。先に手術した友達の「体なんて切るもんじゃない」という言葉が身に染みた。体は切るようにできていないのだ。
そのほかの人もいつの間にか退院したらしく、部屋には私だけになった。隣の人やうるさい人がいなくなったせいか、精神的に楽になった。昨日までは見るのも嫌だった運ばれてきた食事が少しおいしそうに思えた。少しだけ食べてみた。食べ物のおいしさを感じることが戻ってきたような気がした。
午後からは違う病棟から移ってきた人と新しく入院した人がやってきて部屋は3人になった。
相変わらず咳は出るけれど、咳をする人がいないし薬も効いてきたようで、だいぶ咳をする回数が減った。体もよく分からないけど痛いしんどいという感じではなくなってきた。今までも、痛み止めを飲んでいるので、実は傷がずきずきするような痛みは全然ない。どこが痛いのかよくわからないという説明しづらい状態だった。
食欲が出て来たのと同時に煩悩も戻ってきた。今までは、人にも会いたくないし食べたくない、という感じだったので、友達にも全然連絡しなかった。でも急に人に会いたくなった。明日は日曜日だし来てくれるかもしれない、と早速メールを打ちまくったが、急に来いといわれても誰も対応してくれなかった。元気が戻ってくるといつもの調子になるのは早かった。もう月曜日には退院できる!と1人で決定した。
退院のことを看護師さんに聞くと、退院は先生から入浴の許可が出てからだそうだ。そして手続きは退院の前日にしていなければいけなくて、日曜日は先生が休みなので出来ない、と言われた。そうなると、まだ入浴の許可が出ていない私の退院は早くて火曜日になる。実家からこちらに来てくれている母は木曜日に仕事に戻らなければならないので、水曜日には大阪に帰らなければいけないのだ。もし、またずれたら退院の日に1人で帰らなければいけなくなる。弟だけに残ってもらおうか…、いや、どうしても火曜日には退院したかった。
午後に入浴許可が出た。ということは、火曜日退院がほぼ確実になったのでほっとした。入浴許可は先生が傷口を診て決まる。傷口の表面は縫っておらず、縦の傷に細いテープでたくさん横にとめてある。このテープは自然に剥がれ落ちるままにし、無理にとったりしてはいけない。お風呂にも取らずにそのまま入る。術後しばらくは湯船には浸かれず、シャワーのみとなる。今日は私の部屋のお風呂当番の日ではなかったので、明日入ることになった。元気が戻ってくると、自分の見た目も気になった。洗髪台で頭を洗い、おしぼりで体を拭いた。顔も洗って化粧水などをつけた。どんどん普段の自分に戻っていった。
夕方には最後の点滴も終わった。点滴用の針もとってもらった。なんと点滴の針は普通の注射針のように硬い金属ではなくプラスティックだったので驚いた。蚊の口に似ていた。先こそ尖っているが、やわらかいので腕に針を入れるときに時間がかかっていたんだとわかった。そのおかげで長い間つけていても痛くないんだろうと思った。
そして、4日間まったく食べていないのでさぞかし痩せたことだろうと体重計*1に乗ったら、むしろ太っていた。まさかの点滴太りに心底がっくりきた。
夜は食堂に行って普通にご飯を食べた。夕食はあんまり好きなものが出てこなくて残念だった。

*1:体重計がなぜか廊下に置いてあった