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2008年8月17日

病院のスケジュールは、朝6時に起床、7時に朝食、12時に昼食、夜6時に夕食、夜10時消灯となっていた。今まではまったく関係なく過ごしてきたけれど、今日は6時に起きて検温し顔を洗い朝食を待った。元気になると病院はとても退屈だった。見たことがなかったテレビを見た。ちょうどオリンピックがやっていたが、あまり興味がもてずやはり退屈だった。テレビは冷蔵庫と一体になっておりカードを買って差し込むと見られる。冷蔵庫は使っていたのでカードは買ってあった。冷蔵庫は1日100円、テレビは細かい数字は忘れたが時間制だった。冷蔵庫だけだとカードが余るが、テレビを見るとすぐになくなってしまう。カードを追加したくなかったので、そんなにテレビも見ることができない。退屈だろうと分厚い本や単行本を持ってきていた、普段だったら途中で投げ出すような難しい本も読みおわった。点滴もはずれ自由になったとはいえ、外に出られるわけでもないし、まだ傷は痛むので行動的にはなれない。歩く練習を兼ねて地下の売店に行ったり、人が少ないフロアを歩いたりした。しかし、階段は怖くてまだ上れなかった。足を上げたりするのは結構下腹に力がいるものなのだ。病気になってみて初めて自分の体のしくみがわかった。咳はまだ出ていたけれど、ひきつけのような激しさはほとんどなくなった。食事は全部食堂で食べた。そして、入浴しさっぱりした。傷口には恐る恐る水をかけた。水がかかったくらいでは痛くなかった。傷口は動くと痛いけれど、下腹に力さえ入らなければずきずきうずいたりするようなことはなかった。しかし、前日あたりから傷の周りというか下腹部が内出血のように青くなっていた。今日はさらに広がり足の付け根辺りまで広がっており、外陰部も腫れていた。まったく痛くも痒くもないが見た目が恐ろしかった。先生や看護師さんに聞くと、手術するときは広げるのでこうなる人もいるとのことだった。
今日は母は甥っ子たちと遊びに出かけるといって来てくれなかった。さらに暇になったが、夕方に有茎の子宮筋腫で手術した友人が見舞いに来てくれた。食べたいものがあれば何でも持っていくよという言葉に甘えて手術前に飲みたかったカフェオーレをお願いした。実はそのときほど飲みたいわけではなかったけれど、あんなに飲みたかったんだから自分に与えてみようと思ったのだ。持って来てくれたカフェオーレはとてもおいしかった。友人とお互いの手術の体験談を語り合った。病院によって全然違うことがわかってびっくりした。私は痛み止めを3日間朝昼晩飲んでいたが、友人は痛くなったら飲むようにといわれていたらしい。手術方法も違うから単純に比べることは出来ないが、友人の病院はかなりスパルタのようだった。他の人の話だと、麻酔はしたままで痛くなったらボタンを押すというシステムだったりベッドが自動だったりと、同じような病気で手術入院になっても病院によって全然違うようだった。友人の傷跡を見せてもらうときれいにくっついていた。私が、下腹部がフランケンシュタインの顔のように真っ青になっていると話すと、友人もなったよと言っていたが、それを見せると、ここまでひどくなかったと言われ不安になった。