メルトダウン、カウントダウン?

安全だ!いや、全然違う!と何が正しいのか正しくないのかはわからないなか、日々、鬱になれと言わんばかりの悪いニュースが流される。
長生きしたくない!呆けるくらいなら死ねる確率の高いガンで死にたい!と常日頃思っているくせに不安で押しつぶされそうだ。自分の意気地のなさにはあきれ返る。もし自分が妊婦だったり成長期の子供を持ってたりしたらどんなに不安な気持ちになるか。政府の言葉を信じて留まって取り返しのつかないことになったらどうしよう。自分の決断が自分だけのことじゃないということはどんなに苦しいことか。
そんななか、こんなアホなニュースが。

放射性物質:食品や飲料水、規制値緩和へ 食品安全委
食品や飲料水に含まれる放射性物質について、内閣府食品安全委員会は25日、暫定規制値の根拠となっている健康への安全性の許容範囲を広げる方針を固めた。

何のための安全基準だ?こんなことしてたら、今後誰も公式発表を信じないだろ。隠すべき情報と出すべき情報が分かる人はいないのか?発表前に緩和してそれを隠せばいい。それでも安全と言うなら。40Kg食わないと大丈夫だとか、お前らの子供や孫たちにも言えるの?
ものすごく腹立たしい。そして、こんなにむかついてもなにもできないことがくやしい。
この原発問題が出てからずっと頭の中でなっている曲。牛乳飲みてぇなんて預言者かっていう感じだ。この曲が入っているアルバムが発売禁止になった当時、少し私も原子力発電について考えた。ちょっと考えたらわかるって清志郎は歌っていたけれど、私にはわからなかった。原始時代には戻れないので原子力発電もいたしかたがないと漠然と思った。その当時の反原発運動の人の胡椒臭さもイヤだった。

そして、想定外の災害に見舞われぶっ壊れてしまった今は、原子力発電なんていらないと思う。こんなの大勢の人を不安に陥れるくらいならいらない。今の節電状況をみてるとやれると思う。ほとんどの人が、こんな思いをするくらいなら節電したほうがマシと思うのではないだろうか。原子力発電を開発している人だって、こんな状況になるくらいなら違う方法がいい。一所懸命安全を考え、危険を顧みず保守をしていても、こんなにみんなから恨まれるような仕事をしたい人がいるだろうか?今、東京電力に勤めてるなんて口が裂けてもいけない状況なんじゃないだろうか?どんなに想像してもそれ以上のことは起こる。この前、朝まで生テレビでだれかが、壊れたあとのことを考えてないからダメなんだといったら、田原がそれは考えちゃだめでしょと答えていた。アホだと思った。絶対壊れないものを作って、壊れたらどうするか?っていうものすごく矛盾することをやらなきゃだめなんだ。黒澤明監督は、脚本家たちに「絶対、破られないトリックを考えろ」といい、それができたら「よし、じゃあ、どうやって破くか?」と言ったらしい。絶対大丈夫の次のことも考えなければ絶対にダメだ。

お天気のいい日曜日にこんなことを書くことは気分が沈んでいるんだけど、これを読んでちょっと和んだ。しかし、私は何も知らないことばかりだ。