上がらない…

ネガティブなことをかかない!と決めたので、書きたくてもなかなかブログが書けない。
GW前に国内旅行に出かけたのだけれど、めちゃくちゃ貧乏旅行とまではいかないが、リーズナブル旅行なのでバスや公共のものを駆使しての旅程となった。そのせいか、老人や学生の団体に揉まれ、節約しつつ旅行か移動している人たちをよく目にした。日常から離れたいと思って旅に出ているのに、そんな人たちを目にしたくない。これが外国ならあまりなんとも思わないのだけれど。しかも、同行した友達の嫌なところがやたら目についてしまい、はっきり嫌いだと思うようになった。
自分の人生を振り返ると、恋愛だけでなく、長い付き合いの人が少ない。疎遠になるっていうより、はっきり嫌いって感じてしまうのは、自分に問題があるから…と暗い気分になってしまう。
そんな気分を吹き飛ばそうとコメディ映画を見たのだが、外れ… 映画レビューもネガティブなことしか出てこないので書けない!

女子力

最近じゃ女子力という言葉は、後ろに()つけられて笑われている。私もいい年こいた女が女子と使うのには抵抗がある。便利的自虐的に日常で使っているけれど。
でも私は、自分のことをおばさんと言う女のほうがいやだ。そんな女は「はいはい、(おばさんって)分かってますよ」ってことだろうけれど、そこに隠されているのは、「ま、若く見える私ですがもうおばさんなんですよ」ということだ。先の旅の同行者も自分のことを人に話すときはおばさんを使う。しかも、私も含めて「おばさん(たち)は後で行きます」みたいなことを第三者に言うのだ。私は自分のことをおばさんとは絶対に言いたくないのだ。それをいったとたん、その言葉に甘えて本当におばさんになってしまう。現にその友人はおばさん化が著しい。
昔に比べておばさんになるのが伸びた。それに都会で社会に出て仕事をしてれば、田舎で専業主婦をやっている人より若い外見をしているだろう。
その「おばさん」と自分のことを紹介しちゃう人たちは、年齢より若く見えるという自覚があるのだ。年齢を言って「えっ、見えないですね」と言われた過去を持っているのだ。それは、社会全体的におばさん化するのが伸びただけで、自分の努力のお陰じゃないのだ。
最近テレビによく出てる小島慶子が自分のことをおばさんというけれど、「私はきれいで若くみえるけれど、もう小学生の子供もいるんですよ」というのが透けて見える。彼女の場合は職業柄普通より努力してるのだろうけど。
こういった人たちは、人からどうみられてもいいわと言って努力を放棄しておばさんに逃げてる。おばさんだから、若者を突き飛ばしてでも席に座っていい。おばさんだから、ちょっと恥ずかしいけどさっき買った団子をここで食べてもいいよね…
だから、笑われても女子力あげよう!といってがんばっている女のほうがいい。婆になってもおばさんになんかなるもんか。
村上春樹も自分のこと決しておじさんと言わないっていってた。それを口にした途端、何もかも投げ出しておじさんになてしまう…みたいなことをエッセイに書いてた。同意!同意!
とにかく、自分のことをおばさんでいいって人は、まわりの人を巻き込まないでほしい。団子は家に帰ってから食べろ。

女子力、上げたい